グレイズアナトミー S3 14話の感想
最近グレイズアナトミーにハマってます
見始めたのはアマプラに入った半年前くらいなんだけど、シーズン1をちょこちょこ見てて面白いなぁと思いながらも忙しくて見れない日々が続き、最近休校中という事もありシーズン3まで一気に見てしまった
もうめちゃくちゃ面白い!恋愛模様とかは正直キャラに感情移入できない所も多かったりあまり好きじゃないんだけど(ジョージとカリーは好き)1話1話を通して繊細に描かれる患者の物語や、メレディス始める医者達の成長が涙ぐましい
そこで中途半端だけど折角なら感想ブログに書こうーと思い至った
とりあえずカリーとジョージ結婚おめでとう!!グレイズアナトミーで唯一応援してるカップル!もう私はシーズン1の1話の時からずっとジョージが大好きで、なんでこんないい奴なのに誰もジョージの良さに気付かないのか不思議でならなかった
シェパードよりも誰よりも私はダントツでジョージが好き!
だからカリーが登場した時なんか本当嬉しくて、やっとジョージの良さに気付いてくれる人が現れたかぁ〜😂と親の気持ちだった
そしてなんでイジー達があそこまでカリーをいじめるのか本当に理解できない クリスティーナとメレディスはまだしも、イジーがちょっと嫌いになった
ジョージが恋愛対象として好きで、奪われたからいじめるとかならまだ分かるけどそういう訳でもないのになんであんないじめる?価値観が合わないくらいで… イジーの感情がマジで理解できなくて嫌だ
前回の13話で、イジーがジョージに対して世話焼いて最後謎に泣きながら抱きしめてたりしてジョージがイジーに「君じゃ僕を幸せにできないんだ」と言ってたりするのが引っかかる
イジーとジョージってそこまでの仲だったか?と思ってしまう。もしイジーとジョージの立場がクリスティーナとメレディスなら理解できるけど…
例えば下着モデルが広まった時やデニーの死で落ち込んでたイジーに真っ先に声をかけて1番側で慰めてくれたのがジョージだったとか、逆にジョージがめっちゃ落ち込んでた時にイジーが真っ先に声かけてたとかそういうエピソードが事前にあればよかった
急にジョージと親友です〜て感じ出されても違和感しかない
なんかイジーのエピソードって全部とりあえず可愛いから出しとくかーみたいな付け足し感満載のエピソードが多い気がして嫌い
脚本がそれまで特に描写なかったのに急にアレックスと関係持たせたり、急にジョージと親友にさせたりしてるのが気に食わない アレックスと関係持たせたりジョージと親友みたいな扱いにさせるならそれに至るまでの描写をちゃんとして欲しい…
あとシーズン1の1話のイジーの患者に来た中国人のエピソードも、とりあえず可愛いイジーに出番増やしとくか…みたいなノリで出来た付け足しエピソードっぽくてなんであの中国人が必要だったのか未だに分からない
イジーのエピソードは全部じゃないけど大体脚本家が適当にやった付け足しエピソードという感じがして好きじゃない…デニーとの話は好きだけど
まあイジーの話の愚痴は置いといて、バークとクリスティーナも一時期危なかったけど幸せで良かった…
あとベイリーが実は無料クリニックという大きな夢を持ってるのが意外で元から好きだったけど更に好きになった
いつも厳しいけどイジーの件もクリスティーナの件も自分に責任があると思い詰めたり、今回の妊娠したかもしれない…と無料クリニックに来た少女に対して「こんな事を続けてれば性病にかかる恐れもあるし子宮癌になる恐れもある」と叱責しながら「好きだったのよ」と言った少女に対して「分かるわ…」と共感して父親に娘を抱きしめてあげる優しさにもう涙が溢れてしまった
ベイリー大好き…上司に欲しい
グレイズアナトミーの感想を検索すると、長く続いてるドラマなだけあってすぐ〇〇降板とかネタバレが出てきてしまって誰かとこの思いを共感したいのに誰とも共感できないもどかしさを感じていた。だから今回ブログにこうやって書けて良かった
また感想が溜まった時は更新したい
ファイトクラブが1億点の映画だという話をしたい
ファイトクラブが1億点の映画だという話をしたい
見たいなあと思ってるのに見れない映画が山ほどある
今回のファイトクラブもそのうちの1つで、中2とかの頃に知人から勧められて、ずっと見たいなあと思っていたのだが、この作品はショーシャンクの空にとかスタンドバイミー系の‘’名作だけど展開がゆっくりだから見るのに体力使う系の映画‘’だと思ってて見るのにずっと躊躇していた
ちなみにショーシャンクの空にもスタンドバイミーも同じ理由で見るのに数年かかった
そんな感じでこの前やっとファイトクラブを見る事が出来た
めちゃくちゃ面白かった…

簡単なあらすじ
心の中に問題を抱えるエグゼクティブ青年ジャックはタイラーと名乗る男と知り合う。ふとしたことからタイラーとジャックが殴り合いを始めると、そこには多くの見物人が。その後、タイラーは酒場の地下でファイト・クラブなる拳闘の秘密集会を仕切ることに。たくさんの男たちがスリルを求めて集まるようになるが、やがてそのクラブは恐るべきテロ集団へと変貌していく……。
*ここからはネタバレ注意
最初はただただ冴えない主人公がタイラーという男と出会い、どんどん変わっていき、人生は簡単に自分次第で変えられるんだというメッセージ性を込めた普通のハッピーエンドで終わる映画だと思ってた
絶対これで終わっても十分なくらい面白い映画なのに、段々とストーリーの雲行きが怪しくなり、タイラーの行動がエスカレートしていき集団がカルト教団のようになっていき、資本主義や消費主義の世の中に疑問を呈する奥深い映画になってまさかの主人公が二重人格だったという事実には本当に驚かされた。別にそんな要素付け足さなくたって100点満点の面白い映画なのに、この要素を付け足されたことにより私の中でお腹いっぱいの1億点の名作映画になった
例えると餃子の王将のAセット食べてる最中にカツ丼が来たみたいな感情になった
土曜の夜にこの映画を見て、その後興奮で中々寝付けず、また日曜の夜にこの映画を見た
思えばこの映画を2回見終わった後に、エドワードノートン演じる主人公の名前が終盤でマーラシンガーに誰と寝たんだと問い詰めるまで出てこなかった事に気付いた。しかも名前が出てこない事に作品を見てる間は全く違和感を感じなかった
恥ずかしながらデヴィッドフィンチャーの作品を見るのはこれが初めてで名前も初めて知ったのだが、作り込みが凄すぎて戦慄している…
真実の行方からエドワードノートンがずっと好きで、少しエドワードノートン目当てに見たのだが思った以上にブラピがカッコ良すぎた…もう全てがかっこいい…
タイラーが消費社会の世の中に対して批判するシーンがよくあるが、確かにと納得してしまう それ程ブラピ演じるタイラーの言葉には突き動かされるものがある
流石に夜何もしてない善良なコンビニ店員の頭に銃を突きつけて脅したのは気狂いだろ…と思ったが、その後のナレーターである主人公の「タイラーの言動には彼なりの筋が通ってる」という言葉には確かにな…と思ってしまった
ちゃんと己の価値観を持っていて尚且つそれを堂々と意見できるスピーチ力も度胸もある そして言動にはちゃんと筋が通ってる 私もタイラーがもし身近に居ればクラブのメンバー達の様に魅了されてカルト的に信仰していただろう
そう視聴者に思わせるブラッドピットの演技がやはり素晴らしい
タイラーの言葉で「我々は消費者だ。ライフスタイルに仕える奴隷。殺人、犯罪、貧困、誰も気にしない。それよりアイドル、テレビ、ダイエット、毛生え薬、インポ薬にガーデニング… 何がガーデニングだ!タイタニックと一緒に海に沈めばいいんだ!」
という言葉が特に大好きだ 確かに私達現代人は今ライフスタイルに仕える奴隷で、必要の無いものを買わされ生きているのかもしれない…と初めてハッとさせられた
最悪服なんか2着あれば足りるだろうし、テレビだって別に必要ないし、タイラーのように綺麗な水も出ないよく水漏れや停電するようなテレビがない家に住んだって、娯楽は自ら作れるし生きてはいける むしろこんな生活の方が消費社会の沼にはまってる最初の主人公のような家具を買って綺麗にする事が生き甲斐の日々よりも毎日が刺激的で幸せなんじゃないか
地味に主人公の手をタイラーが焼くシーンも好きだ
「足掻くのはよせ "いつか死ぬ"ってことを恐れず 心にたたき込め」「全てを失って真の自由を得る」
ここのブラピが最高にカッコいい この言葉を胸に刻みながら生きると、いつかは死ぬのだから何事も恐れずやってみようという気分になれる
そして1回目見た時にタイラーが「神である父親が子を捨てるか?君は神に好かれていない」と言ったのを見て、いや赤の他人なのに言い過ぎたろ…とずっと違和感を持っていたのだが、これは主人公が自問自答していたんだと最後に分かって全て納得がいった
父親に捨てられた自分を中々愛せなかったことにより、二重人格者になってしまったのかなと思うとまた2回目に見たこのシーンは切なくなってくる
私もタイラーのような人間になりたいが中々行動には移せない… 全てを失って真の自由を得る事は分かるが、実際に全てを失う覚悟はない… 私も主人公と同じで、「生き方を変えたいが、自分1人じゃ無理」な為、もしかしたら勝手に自分と別の人格を作って自分の気が付かない内に別人格として行動してしまってるかもしれない
「生き方を変えたいが、自分1人じゃ無理」本当にこのタイラーの言葉通りなのだろう
「お前は物に支配されている」という言葉も印象深い
現代のスマホ依存の若者を正に表してる言葉だと思う この言葉を今一度深く考え直す事により、スマホに支配されている現代の若者にこそ是非今見るべき映画なのではないかという見方ができた
スマホ以外にも主人公のようにインテリア、または服、テレビなどに支配されてる人間は山ほど居る
スマホが流行った現代にこのセリフが思いつくのなら分かるが、これの公開当初はまだスマホなんか使ってる人間が珍しい時代だったのにも関わらず、服やテレビや雑誌に支配されてる人間を見て中々気づかないこの言葉を思いついたのが本当に凄い
正直エドワードノートンがブラピに喰われてる感は否めなかったのだが、この作品は主人公であるナレーターが想像上の自分に喰われてしまう物語なのだから、喰われていて正解なのだと思う
そういう意味では見事エドワードノートンも主人公を演じきっていて良かった
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夢見月に何思ふを聞くと胸がキューっとなる
真夜中に久々になぜかこの曲を無性に聴きたくなって一年ぶりくらいに聞いてみた
この曲は私が小学四年の時に知って凄くハマって毎日のように聞いてた気がする。
けど高校一年生となった今に聴くと今の私自身に重なる歌詞が多すぎて今この曲を聞くべきして私はラッドと出会ったんだなと感じた 大袈裟すぎるかもだけど…
全ての歌詞が私に刺さりすぎてこのエモいという一言で片付けられない感情をどこにぶつけたらいいのか考えた挙句、中々投稿できてなかったブログにこの気持ちをしたためようと思った
「あなたを見ているんだ あの日の若きシラベは
ワタシを羨むあなたが 振り返ったときに言えるよう
「待っている」と」
いつか私もこの歌詞にあるように昔の自分が振り返った時に待ってると言えるような人間になりたい
「いつかの「忘れちゃいたい」僕も 「なんで言っちゃったんだ」の僕も
好き嫌いとかじゃないくらい僕を愛でてくれたみたい
泣いた 笑った 叫んだ その"今"の連鎖が僕なら
偶然の上に生きてきた そして「今」の僕に会えたなら
悲しみよ 苦しみよ 痛みよ 気持ちよさよ ありがとう」
小学生の頃、この歌詞にどれだけ救われた事か…悲しみよ 苦しみよ 痛みよ 気持ちよさよ ありがとう なんて歌詞を歌ってくれたおかげで今の自分があるのは悲しみや苦しみや痛みや気持ちよさがあったからなんだと気付けた。野田洋次郎ありがとう…
「いつかの青すぎた夢も 季節は教えてくれよう
再び出会ったときに 見舞うその色は違えど」
小学生の頃に持っていた青すぎた夢も今となってバカだったなって気づいて、だけどそんな昔のバカな自分が好きで昔に戻りたいな…と胸の奥がツーンとして、この歌詞は小学生の頃の自分にはよく意味が分からず響かなかったのに今になって響きまくってメロディも相まって泣きそうになった…そして途中の口笛の間奏までもが胸を締め付けられ泣きそうになる
「昔を惜しんでも 先を恨んでも その全てがもう 今の君なの
忘れたい君も 忘れたくない君も 作ってきたの 今の君を
記憶にある僕 思い出にない僕 その全てはね 僕を知ってるの
色付いていくの 一つになったの それが君なの」
ここから最後の大サビへ行く流れがメロディも狂おしいほど好きで胸がキューと締め付けられる
忘れたい君も忘れたくない君も 作ってきたの 今の君をなんて歌ってくれて応援してくれるバンドは私はラッドだけだと思っている
頑張れ!とか転んでも立ち上がれ!とかそんな薄っぺらい歌詞じゃない。これは過去への後悔に苛まれてる人へのラッドの応援歌なのだと感じた
今は中学生の頃不登校だった事で毎日後悔の日々だけど、そんな後悔を「昔を惜しんでも 先を恨んでも その全てがもう今の君なの」と歌ってくれるラッドがいるから、いつか今の自分が在るのは中学生の頃の自分が居たからだと胸を張って言えるようになりたい。
ゆたぽんの騒動で元不登校児の女子高生が思うこと
今回は今世間で騒がれている不登校児の小学生YouTuberに対して中学時代不登校児だった私が色々思う所があったのでブログにしてみました。
なんかゆたぽんに対して私はコメ欄の大人達みたいに甘えるなだとかあまり怒る気持ちは無い、ゆたぽんの人生はゆたぽんの人生だからこちら側が干渉して怒るものではない気がするから。
ただゆたぽんの動画を見て感じた事をブログにした
私が不登校になったきっかけは小学生の頃に引っ越しをした環境の変化や転校先で友達が出来なかった事が原因でうつ病になった事だった。
当時は自分がうつ病って事を知らなかったから学校の皆んないい子達でいじめられた訳でもないのに不登校の自分がおかしく思えて私なんか生きてる価値ないんだ…と毎日毎日思う日々で毎日毎日本気で死にたかった、毎日朝が来るのが怖かったからわざと夜ふかしして朝起きないようにしたしコンビニ行くだけでも店員に変な奴と思われないか怖くて一苦労だった。街行く人全員にお前は生きてる価値ないと責められてる気がして外に出るのが怖かった
私が精神病院に行ったのはその1年後で、うつ病と診断されたがその頃は大分鬱が落ち着いていたからなんで1番私が死にたくて仕方なかった時に精神病院に連れて行ってくれなかったんだと周りに腹が立った。多分うつ病が重くて不登校になりたての時に行って重いうつだと診断されてたら、うつ病なら今は休もうと言ってくれる人が居たのにな…
私が1番辛かったのは、不登校になったきっかけを小さい事だと思われてそうでいじめられた訳じゃないのに不登校なのはおかしいと責められてるような気がした事なのだ
うつ病と診断された事でうつ病だから学校へ行けなかったんだという理由を教えてもらえた事が嬉しかった。
うつ病が少し軽くなった頃には周りの助けもあって少しずつ学校に行けるようになっていた。けどその後またうつが再発したりして行けなくなって小学校の卒業式には出れなかった
中学に上がっても不登校のままでこの頃の不登校理由はただ「なんとなく」「家にいてゲームしたいから」というくだらないもので私はこの事を今振り返って死ぬ程後悔している
中3になってから不登校のまま卒業したくないと思い少しづつ授業に出て学校に行けるようになったし高校にも進学した。中学に友達なんて居なかったけど優しいクラスメイトに恵まれて最後の1年間は楽しかった
ここからがゆたぽんへ向けたメッセージだ
私の中で小学校に行けなかったのは仕方ない事だと思っているからさほど後悔はないが、中学の不登校だった2年間は今振り返ってどうしてあんなくだらない理由で休んだのだろうと後悔が消えない。中3になってから行事に参加してクラスの中での孤立感を実感して憂鬱になったりもしたが、何もしない後悔よりする後悔の方がいいしダーウィンのように学校に行かず虫取りをしてそれが将来に繋がるのならいいが、ただただ家でダラダラして楽をするくらいなら学校に行くという目的を持ちそれに向かって努力していく時間の方が数倍有意義だ。
勿論行きたくても精神的に辛くて行けないのなら行かなくていいがゲームしたいからとか勉強したくないから休んでるだけで学校に行く勇気を出せる余裕があるなら一歩進む事は大事だと思う。私は中2の頃勇気を出せたのに現状に甘えて不登校だった事を後悔しては憂鬱になる
時間を巻き戻してもう一度中学生をやり直したい
友達が楽しそうに中学の頃の話をしていたり中学校の運動会の音が聞こえると後悔で無性に死にたくなる
学校に行かない事が悪ではないが、家にいるだけの生活より学校という大きな壁を超えて行こうと努力するだけで人は成長ができると私は思う
3年A組についての感想、評価
7話までのネタバレあります
初っ端から批判しますけどまず登場人物の生徒達の感情がよく分からないしなんかクサイな〜と思ってしまう
5話にして急に全員が先生側に立ってたけど皆んないじめてた側の癖になんで景山の死因そんな知りたがるの?そんなんお前らがいじめてたからに決まってるだろ、というかいじめてた側の癖にそこまでクラスの奴らが一部の生徒を除いて未だにほぼいじめをした罪悪感皆無で被害者面してるのが腹立つ
宇佐美とか仲のいい友達が急に知らない奴と仲良くし出したから腹が立つまでは分かる、けどそこから知らない奴への嫌がらせじゃなくて仲のいい友達の景山に対して嫌がらせし始めて最終的に死ねって言う心理が意味分からん。嫌がらせをして不安になってる友達に優しい言葉をかけて依存させるみたいなヤンデレの手法によくあるやつならまだ分かるけど…
4話で甲斐の友達(名前忘れた)が俺たち友達なんだから困ってたなら言ってくれよ!て泣きながら叫んで美しい友情〜的な展開もクサすぎてまともに見れなかった
主人公のプロレス大好き設定は特に活かせてないし面白いギャグにもなってないから別にこの設定は無くてよかったんじゃないかと思う、あとこのドラマのギャグシーンは大体狙いすぎてて面白くない
このドラマに多い悪い奴だと思ってた奴が実は理由があってこういう事してた本当はいい奴展開がクサすぎて個人的に嫌い
甲斐とか坪井先生とか別に悪い奴なら悪い奴のままでいいしそこからどう更生していくのかが人間味を感じて面白いのであって何でもかんでも実はいい奴でしたーで済ませるのはなんか気持ち悪い
坪井先生に関してはあんな風に涼音を水泳部から辞めさせるくらいならちゃんと病気の事言った方が断然いいし私は坪井先生がその後こういう理由があったんだと言われてもあんな辞めさせ方はないだろとしか思えなかった。その後涼音がめっちゃ怒られてたのも理不尽に思えた
3年A組について個人的に1番気になったのがミスキャストが多いなという事
菅田将暉さんは何の文句もないけど永野芽郁ちゃんはなんかこういう控えめでオタク気質な主人公よりも元気な脇役の方が似合ってる気がする、こういう控えめな主人公役は個人的に大後寿々花さんにやって欲しかったな、桐島部活やめるってよとかに出てる方です
上白石萌歌さんも皆んなから尊敬されてる影のある美少女役っていうのが違和感。こういう役って私の独断ですけど身長が高くてSっ気のあるビジュアルのミステリアスな子が似合うと思うんですよね、上白石さんはミステリアスな雰囲気ではないかられいな役は違和感あった、今田美桜ちゃんとかの方がれいなっぽいし女王の教室で天才少女役演じてた福田麻由子さんはこういう影のある役ピッタリだよなぁと思いながら見てました
批判し過ぎたから最後になんか褒めとくか
5話で先生が諏訪に「恥もかかずに強くなれると思うな、だからお前のこれまでは絶対に間違ってない」って励ましてのはすごく響いたしこっちも励まされたのでこのシーンは好きです
それと一部のメインキャラだけじゃなくてちゃんと生徒のほぼ皆んなを描いてるのは好感、最近特にこういう脇役の脇役までちゃんと描かれるドラマ少なかったから話題になったのも分かる。景山へのいじめを全く反省してない生徒共は嫌いだけど
動画の公式チャンネルで生徒達の日常が見れるのも若者が好きになりそうな感じだな〜と思いました
あと細かい所が雑すぎてうーん…とはなるし脚本もガバガバ過ぎるけど大まかな展開はそこそこ面白いので何だかんだ批判しながら見てしまう自分がいるのも事実
ずっとこのドラマに集中して見るのは苦痛だけどドラクエとかモンハンやりながら適当に流し見するドラマとしては最適だと思う(褒めてる?)
普通の人々 中学生視点の感想と考察 ネタバレ
素晴らしかったです。コンラッドや母親の弱さ、そこからコンラッドが成長していく様子に恥ずかしながら5回くらい号泣しました
*ここから先は全てネタバレです
ストーリーを説明すると、母親に溺愛されてた兄が自分の原因で死んで、罪悪感に囚われた弟の自殺未遂をきっかけに家庭がギクシャクしている所から始まります。その弟、息子であるコンラッドは父の勧めでセラピーに通う事になります
母親のベスは「普通」の家庭の「普通」の親でありたいのかセラピーに通っている事を父親のカルビンが他人に話した事に怒りを見せたりコンラッドに対して明らかに距離を置いてるのが分かります
一方父親のカルビンは塞ぎ込んでる息子を理解しようと歩み寄っていくのですが、ベスがコンラッドと自分に対して愛情を持ってるのか疑問に感じ最終的には離婚を切り出してカルビンとコンラッドの2人でまた家族を始めようとする感じの映画です
感想
この作品の感想をネットなどで見ると大体母親に対しての批判があるのですが、個人的にはこの映画ってラストシーンのカルビンの「誰が悪い訳でもない、結果としてこうなった」というセリフその通りで、母親と父親と息子の生き方や価値観がただ単に違っていただけで遅かれ早かれこうなっていたのかなと感じています
この劇中でコンラッドは自分からハグをしたり母親に寄り添おうとしていますが、母親はそのハグを受け入れられずに距離を置いていたのはやはりまだ未熟でどう自分を変えて人に寄り添えばいいのか分からない可哀想な人だったんだなと思いました。途中でベスの母親、つまりコンラッドの祖母が出てくるのですがその祖母もコンラッドに全く寄り添おうとせず、甘やかしてはダメと突き放しているのですが正にこの母親に育てられたからベスのこの性格が出来たんだろうなぁと…だからこそベスのこの性格は仕方のない事だよなと思えて不思議とムカつきませんでした
この母親ベス役のメアリーテイラームーアが母親のこの弱さと脆さを上手く演じていて個人的に私の中ではこの方がアカデミー助演女優賞でした。勿論コンラッド役のティモシーハットンも精神的に弱って情緒不安定になる演技が自然で素晴らしかったです
映画の中でカレンが自殺した事をコンラッドが知るシーンも切なくて人間の分からなさと脆さを表していて劇中1、2を争う程好きな場面です。昨日まで元気だと思ってた人が今日自殺したりする事って充分あり得るんですよね。そこのリアルさを映画のストーリーに入れてくる感じが凄いなと感じました
ラスト辺りのカルビンがベスに別れを切り出すシーンでカルビンが「事故が無ければこの家は平和だっただろう」と語っていましたが本当にこの通り、多分この家庭は事故が無ければ普通に幸せでどこにでもある平凡な毎日を築けていたんですよね。けどそれが兄の死で急に変わり母親はコンラッドに冷たくなってコンラッドは塞ぎ込んでしまう。でもこれはこの家庭だけじゃなくどの家庭でも多分起こりうる事で平凡で「普通」な家庭だからこそ見えていないけど、実際家庭が危機的な状況に陥った時にちゃんと家庭崩壊せずに、また崩壊したとしてもそれを持ち直せる家庭ってどれくらいあるのだろうという事を深く考えさせられた作品でした。あとこのシーンのカルビンの優しさのある切羽詰まった感情の演技とベスが別れを切り出されて静かに部屋に戻り家を出る準備をしようとしていたら急に泣き方を忘れたように思わず涙を零してしまうシーンが物凄く好きです。この作品はカルビン役の方もベス役の方もコンラッド役の方も全員演技が驚く程自然で思わず見ていると息を飲み込みます。恥ずかしながらこの映画でお三方の俳優さんを始めて知ったのですが本当に素晴らしい俳優さん達です
この後ベスは家を出て行きます。これは私の勝手な憶測ですけど恐らくベスはこれからカルビンがコンラッドに会いに来てもいいよとか言っても会いに来ないんでしょうね…そこが切なくて胸を締め付けられるけど、それでもカルビンとコンラッドが幸せに暮らしていけばそれはハッピーエンドだからまぁいいのかなと思います
あと最後に!細かくどこかいいのかは上手く伝えられないんですけどカメラワークがやたら最高でした