サバの味噌煮のブログ

16歳の主に映画やドラマや本の感想

ファイトクラブが1億点の映画だという話をしたい

ファイトクラブが1億点の映画だという話をしたい

見たいなあと思ってるのに見れない映画が山ほどある

今回のファイトクラブもそのうちの1つで、中2とかの頃に知人から勧められて、ずっと見たいなあと思っていたのだが、この作品はショーシャンクの空にとかスタンドバイミー系の‘’名作だけど展開がゆっくりだから見るのに体力使う系の映画‘’だと思ってて見るのにずっと躊躇していた

ちなみにショーシャンクの空にもスタンドバイミーも同じ理由で見るのに数年かかった

 

そんな感じでこの前やっとファイトクラブを見る事が出来た

めちゃくちゃ面白かった…

 

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簡単なあらすじ

 心の中に問題を抱えるエグゼクティブ青年ジャックはタイラーと名乗る男と知り合う。ふとしたことからタイラーとジャックが殴り合いを始めると、そこには多くの見物人が。その後、タイラーは酒場の地下でファイト・クラブなる拳闘の秘密集会を仕切ることに。たくさんの男たちがスリルを求めて集まるようになるが、やがてそのクラブは恐るべきテロ集団へと変貌していく……。

 

*ここからはネタバレ注意

最初はただただ冴えない主人公がタイラーという男と出会い、どんどん変わっていき、人生は簡単に自分次第で変えられるんだというメッセージ性を込めた普通のハッピーエンドで終わる映画だと思ってた

絶対これで終わっても十分なくらい面白い映画なのに、段々とストーリーの雲行きが怪しくなり、タイラーの行動がエスカレートしていき集団がカルト教団のようになっていき、資本主義や消費主義の世の中に疑問を呈する奥深い映画になってまさかの主人公が二重人格だったという事実には本当に驚かされた。別にそんな要素付け足さなくたって100点満点の面白い映画なのに、この要素を付け足されたことにより私の中でお腹いっぱいの1億点の名作映画になった

例えると餃子の王将のAセット食べてる最中にカツ丼が来たみたいな感情になった

 

土曜の夜にこの映画を見て、その後興奮で中々寝付けず、また日曜の夜にこの映画を見た

思えばこの映画を2回見終わった後に、エドワードノートン演じる主人公の名前が終盤でマーラシンガーに誰と寝たんだと問い詰めるまで出てこなかった事に気付いた。しかも名前が出てこない事に作品を見てる間は全く違和感を感じなかった

恥ずかしながらデヴィッドフィンチャーの作品を見るのはこれが初めてで名前も初めて知ったのだが、作り込みが凄すぎて戦慄している…

 

真実の行方からエドワードノートンがずっと好きで、少しエドワードノートン目当てに見たのだが思った以上にブラピがカッコ良すぎた…もう全てがかっこいい…

タイラーが消費社会の世の中に対して批判するシーンがよくあるが、確かにと納得してしまう それ程ブラピ演じるタイラーの言葉には突き動かされるものがある

流石に夜何もしてない善良なコンビニ店員の頭に銃を突きつけて脅したのは気狂いだろ…と思ったが、その後のナレーターである主人公の「タイラーの言動には彼なりの筋が通ってる」という言葉には確かにな…と思ってしまった

ちゃんと己の価値観を持っていて尚且つそれを堂々と意見できるスピーチ力も度胸もある そして言動にはちゃんと筋が通ってる 私もタイラーがもし身近に居ればクラブのメンバー達の様に魅了されてカルト的に信仰していただろう

そう視聴者に思わせるブラッドピットの演技がやはり素晴らしい

 

タイラーの言葉で「我々は消費者だ。ライフスタイルに仕える奴隷。殺人、犯罪、貧困、誰も気にしない。それよりアイドル、テレビ、ダイエット、毛生え薬、インポ薬にガーデニング… 何がガーデニングだ!タイタニックと一緒に海に沈めばいいんだ!」

という言葉が特に大好きだ 確かに私達現代人は今ライフスタイルに仕える奴隷で、必要の無いものを買わされ生きているのかもしれない…と初めてハッとさせられた 

最悪服なんか2着あれば足りるだろうし、テレビだって別に必要ないし、タイラーのように綺麗な水も出ないよく水漏れや停電するようなテレビがない家に住んだって、娯楽は自ら作れるし生きてはいける むしろこんな生活の方が消費社会の沼にはまってる最初の主人公のような家具を買って綺麗にする事が生き甲斐の日々よりも毎日が刺激的で幸せなんじゃないか

 

地味に主人公の手をタイラーが焼くシーンも好きだ

「足掻くのはよせ "いつか死ぬ"ってことを恐れず 心にたたき込め」「全てを失って真の自由を得る」

ここのブラピが最高にカッコいい この言葉を胸に刻みながら生きると、いつかは死ぬのだから何事も恐れずやってみようという気分になれる

そして1回目見た時にタイラーが「神である父親が子を捨てるか?君は神に好かれていない」と言ったのを見て、いや赤の他人なのに言い過ぎたろ…とずっと違和感を持っていたのだが、これは主人公が自問自答していたんだと最後に分かって全て納得がいった

父親に捨てられた自分を中々愛せなかったことにより、二重人格者になってしまったのかなと思うとまた2回目に見たこのシーンは切なくなってくる

 

私もタイラーのような人間になりたいが中々行動には移せない… 全てを失って真の自由を得る事は分かるが、実際に全てを失う覚悟はない… 私も主人公と同じで、「生き方を変えたいが、自分1人じゃ無理」な為、もしかしたら勝手に自分と別の人格を作って自分の気が付かない内に別人格として行動してしまってるかもしれない 

「生き方を変えたいが、自分1人じゃ無理」本当にこのタイラーの言葉通りなのだろう

 

 「お前は物に支配されている」という言葉も印象深い

現代のスマホ依存の若者を正に表してる言葉だと思う この言葉を今一度深く考え直す事により、スマホに支配されている現代の若者にこそ是非今見るべき映画なのではないかという見方ができた

スマホ以外にも主人公のようにインテリア、または服、テレビなどに支配されてる人間は山ほど居る

 スマホが流行った現代にこのセリフが思いつくのなら分かるが、これの公開当初はまだスマホなんか使ってる人間が珍しい時代だったのにも関わらず、服やテレビや雑誌に支配されてる人間を見て中々気づかないこの言葉を思いついたのが本当に凄い 

 

 

正直エドワードノートンがブラピに喰われてる感は否めなかったのだが、この作品は主人公であるナレーターが想像上の自分に喰われてしまう物語なのだから、喰われていて正解なのだと思う

そういう意味では見事エドワードノートンも主人公を演じきっていて良かった

 

 

 

 伏線

 

この作品は伏線の回収が凄まじい 私がこの映画を大好きな理由はここにもある

何回見ても気付く事があって本当に楽しい

 

2回目の時に気付いたのだが、主人公が不眠症の事について医師に相談する冒頭のシーンで、「たまに眠って起きると別の場所にいる」とこの事からもうタイラーダーデンが作り出されてるのが伺える

 

また主人公ががんの会に行って瞑想タイムに入るシーンがある このシーンのように主人公は瞑想して空想上の世界に生きる事がよくある ここからタイラーダーデンが生み出され、瞑想してる間に行動していたんじゃないかと私は思う

 

空港でタイラーが隣に座っていたシーンで、カバンが同じだと言っていたのも2回目見た時に気付いた またお風呂でタイラーが父親の話をして主人公が「うちも同じだ」というシーンがある

ちゃんと同一人物だというさりげないヒントが張り巡らせれていたのだ

 

最初はタバコを吸わないと言っていた主人公が職場でまでタバコを吸うようになっていったのも今思えばタイラーダーデンに飲み込まれていってる伏線だったのかなと思う

そして自分で自分を殴り職場の上司に殴られたと被害者面したシーン この頃にはもうほぼ半分以上"タイラーダーデン"になっていたのだろうか

 

そして寝てる間に僕は"タイラーダーデン"として行動していた、と主人公が気付くシーンに鳥肌が立った それなら主人公がメイヘム計画を知らないのも中々タイラーに追いつけなかったのも、マーラとの記憶がないのも納得がいった ちゃんとそこまで作り込んでるのがもうお見事

 

終盤の主人公が警察に逮捕してくれと出頭するシーンで、警察にこの場所に向かってくれと言った後、「尊敬しています」と警察官の1人が言い出したシーンはどんなホラー映画よりも怖かった

警察でさえファイトクラブの一員になってしまい、もはや犯罪を止められなくなっているという"誰でも簡単にカルトの信者になってしまう"という事を表していて実際に起こり得そうな怖さがある 

 

ラストで主人公が「これからは すべて良くなる」といい、金融会社のビルがどんどん爆破され崩れていくシーンが印象的だ もう既に10回以上は見てる最高のラストシーン

これをどういうエンドと取るかは人それぞれだが、私はハッピーエンドとして見た

"金融社会が崩れれば身分の差がなくなる"

確かにその通りだと思う そしてそれがタイラーなりの正義なのだろう 

主人公の"これからは すべて良くなる"という言葉から察するに、主人公もこの思考なのだろう 最後は覚悟を決めた表情をしていて、彼なりに幸せに死んだのではと私は思う

そしてこのセリフのタイミングでpixiesのwhere is my mindが流れるのがもうマジでカッコいい!マジで最高!!

 

そしてまた、最後の最後にタイラーが映写技師の仕事をしていて、ファミリー映画の途中にポルノ映像を瞬きする間の一瞬だけ混ぜたという伏線を回収して細部までこだわりきってるのがもう粋で最高 なんで大事なラストシーンでこんなふざけるんだよ!て怒りじゃなく、大事なラストシーンなのにこんなふざける余裕が粋すぎて最高…という感情になってしまう 

まるで監督に最後まで中指立てられてる気分になる それが最高

  

 

消費社会を批判しつつ、なぜ悪徳宗教は生まれるのか、という踏み込んだメッセージを細部まで描ききっている傑作だ

 

他にも色々書きたい事はあるしメッセージ性にありふれていて今回だけじゃ伝わりきらないのだが、もう収集がつかなくなりそうなので今回はこの辺で終わりにしようと思う

だが最高の映画なので今後100万回は見ると思うしその度にブログに思いの丈をぶつけたい

 

ただ最後に言いたい事が1つ  流石に飲み屋の前でずっと自分で自分を殴ってる気狂いに近づく奴は絶対まともな神経してない笑